米ドルは、今年上半期の運用実績が1988年以来で最も低い水準になりそうです。今は、あらゆる地域・資産クラスの投資家がドルを売っているように見受けられます。
たしかに、そうした動きには一定の根拠があります。世界の投資家たちは徐々にドル建て資産の比率を下げており、ドルは主要通貨の中で約3年半ぶりの安値まで下がってきています。ただ、その中でも特にドル売りの動きが強まっている地域があります。
米国外の投資家が中心となってドルを売っており、株式に関しては主に欧州の投資家から、債券についてはアジアの投資家による売りが目立っています。バンク・オブ・アメリカの外国為替戦略チームによれば、欧州の年金基金や保険会社など「リアルマネー」と呼ばれる機関投資家が、2025年第2四半期のドル売りの主な要因となっており、わずか数週間のうちにドル保有量を2022年以来の低水準にまで減らしたとのことです。
ただ、話はそれほど単純ではなさそうです。最近のデータでは、欧州の投資家がドルに対するヘッジ比率を上げている様子が見られます。また、調査によると、ここ数か月のドルの下落は、アジアの市場が開いている時間帯に多く発生しており、アジアの米国債保有者もドルヘッジを強化している可能性があります。
そうなると、ドルにとって重荷となっているのは、地理的な分散による株式の売りなのか、それとも債券の売却なのか。そして、より大きな売り圧力が出ているのは欧州なのか、アジアなのかという点が問われます。
たとえば、米国株式の外国人保有額は米国債よりも金額的には大きいですが、比率で見ると、外国人による米国債市場への影響の方が大きいようです。国際決済銀行(BIS)のデータでは、外国人投資家は合計で約31兆ドルの米国証券を保有しており、そのうち株式が17.6兆ドル、債券が13.6兆ドルです。これは、米国株式市場全体の約18%、社債・政府系債券の21%、米国債の約3分の1にあたります。
UBSの分析によると、ユーロ圏の投資家は、外国人が保有する米国株式のうち約25%を保有しており、近年かなりの量を購入してきました。そのため、米国株のパフォーマンスが欧州やアジアの市場と比べて低調になれば、ドル安が進む可能性があるという見方も出ています。
さらに細かく見ると、外国人投資家が保有するドル建て資産のうち、為替ヘッジされていない純資産は合計で23.5兆ドルにのぼり、その中でG10諸国の投資家が13.4兆ドル(株式が9.3兆ドル、債券が4.1兆ドル)を持っています。これだけの規模があるため、少しの調整でも市場全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。UBSの試算では、G10諸国がドル保有を5%減らした場合、それだけで約6700億ドル規模のドル売りにつながると見込まれています。G10諸国の多くは欧州にあるため、その売りは主に欧州から発生すると考えられます。
また、欧州の投資家はこれまで主に株式を売ってきましたが、過去10年間、特に2014年から2022年の欧州中央銀行(ECB)のマイナス金利時代には、米国債への投資を増やしてきたことも押さえておく必要があります。UBSによると、ユーロ圏の投資家は2014年以降、約3.4兆ドルの外国債券を購入しています。そのため、米国債の投資比率を少しでも下げるような資産配分の変更が行われれば、価格への影響は無視できません。
とはいえ、アジアの投資家は、外国人による米国債および政府系債券の保有分の約3分の1を占めており、依然として米国債市場への影響力は大きいように見えます。さらに、ユーロ圏やカリブ海諸国、英国が保有している分の中には、中国などアジア諸国の代理として持たれている分も含まれていると考えられるため、実際の保有比率はもっと高いかもしれません。
現時点で、米国資産の大規模な売却が起きているわけではなく、その可能性も高くはないとみられています。ただ、注目すべき点として、近年は中央銀行に代わり、民間投資家が米国資産の主要な買い手となっており、その保有比率を増やしています。民間投資家は一般的に、公的機関に比べて価格への感度が高いため、もし「米国の強さが揺らいでいる」といった見方が広がれば、今後はそうした保有がより不安定になる可能性もあります。
用語解説【初心者向け】:
- ドル建て資産:米ドルで評価・取引される資産のこと。たとえば米国株や米国債など。
- ヘッジ:為替変動などのリスクを減らすための取引。ドル安に備える対策などが含まれます。
- リアルマネー投資家:年金基金や保険会社のように、長期的に資産を運用する投資家。
- G10諸国:先進10か国(アメリカ、日本、ドイツ、イギリスなど)を指します。
- ユーロ圏:ユーロを通貨として使っている欧州の国々。
- 米国債:アメリカ政府が発行する国債。国の借金を補うために発行されるもの。
- 中央銀行と民間投資家の違い:中央銀行は金融政策目的で資産を保有しますが、民間投資家は利益追求を目的とするため、価格の動きに敏感です。

