もし現アメリカ大統領のトランプ氏がドル安を望んでいるのであれば、連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長を解任するという選択肢は、一見すると効果的に見えるかもしれません。ただ、「自分が望むことには注意を払うべきだ」という格言が、これほど当てはまる状況も珍しいように思われます。
パウエル議長が金利を引き下げないことに対して、トランプ氏が不満を抱いていたのは彼の初期政権時代にさかのぼります。最近の発言による攻撃は、ドルの緩やかな下落を、一気に取り返しのつかない暴落へと変える可能性すらあるのです。
これは決して大げさな話ではありません。今年に入ってからドルの価値はすでに9%下がっており、今月だけでも6%近くも値を下げています。トランプ氏が「解放の日」と位置づけた関税発表が、市場に不確実性と混乱をもたらし、結果としてドル安を加速させました。
年初から続くこのドル安は、昨年の上昇分をすべて帳消しにする勢いです。アメリカ例外主義のもとに、世界中の投資家から何兆ドルもの資金がウォール街に流れ込んだ背景を考えると、非常に深刻な事態と言えるでしょう。
主要通貨との比較では、今回のドルの下落幅は2007〜2009年の世界金融危機以来、最も大きいものになりそうです。変動相場制が導入されて以来、今回の下げ幅は過去50年超で8番目に大きいとされています。世界金融危機を除くと、ここまでドルが下がったのは1985年9月、いわゆる「プラザ合意」が発表される直前のことでした。
今回のドル売りは、過去に例を見ないほどの規模で進行しており、その根底には、アメリカの政策決定の方向性や信頼性への不安があると考えられています。中央銀行のトップを強引に交代させるような事態は、その国の経済政策や通貨の信認に対して、大きなダメージを与える可能性があります。これはアメリカやドルのような、グローバル金融の中心にある存在であっても例外ではありません。むしろ、その影響が大きいため、より深刻に受け止める必要があるでしょう。
前ボストン連邦準備銀行のローゼングレン元総裁は21日、「アメリカの貿易をまるで開発途上国のようにすることが目的でない限り、FRBの独立性を脅かすことは、海外の投資家にとってアメリカの魅力を失わせるだけだ」とSNSに投稿しています。
<考えられる展開>
もちろん、最悪のシナリオを避けられる可能性もあります。トランプ氏が態度を和らげるかもしれませんし、パウエル議長自身が状況の悪化を避けるために退任を選ぶ可能性もあります。あるいは、新たな議長が就任しても市場がそれを否定的に受け止めないという可能性もゼロではありません。ただ、現時点でこれらの展開を示唆する明確な兆しはほとんど見られません。
短期的には、もしパウエル議長が辞任することになれば、FRBの金利政策に対する見通しはすぐにハト派寄りに変更されると見られています。市場では、FRBが年内に政策金利を100ベーシスポイント引き下げ、3.25〜3.50%になると予想されていますが、これはパウエル氏が成長の鈍化とインフレの圧力とのバランスを取ろうとしている前提に基づいています。仮にFRBがトランプ氏の方針に寄るようであれば、さらに金融緩和が進む可能性もあるでしょう。
とはいえ、これもあくまで複数あるシナリオの一つに過ぎません。ドル安が続くことで、他国の通貨が相対的に上昇すれば、その国々から歓迎されないのは確実です。さらに、ドルの信頼が失われれば、世界市場に思いもよらない波紋が広がる可能性もあります。公的な市場介入が行われる場面も、いずれは訪れると考えられます。
しかし、そのような介入が果たして効果を発揮するのかは不透明です。エコノミストのフィル・サトル氏は、「たとえFRBであっても、ドルに対する投機的な攻撃を完全に食い止めるのは難しい」と警戒しています。
トランプ氏が目指しているのは、世界の経済構造そのものの再構築だとされています。FRBへの政治的圧力、インフレ期待の不安定化、ドルの信頼の低下は、確かにその目標の達成に寄与するかもしれませんが、その代償は非常に大きなものになるでしょう。
オンライン予測市場のポリマーケットによると、年内にパウエル議長が解任される可能性は19%とされており、これは年初の15%前後からは上昇していますが、先週の23%からはやや低下しています。とはいえ、トランプ氏の方針が急に変わらない限り、この可能性、そしてドルへの下押し圧力は今後も強まると見られています。

