米景気後退の懸念は本当に杞憂か? トランプ関税ショックとドル円相場の行方

2025年5月5日
米景気後退の懸念は本当に杞憂か? トランプ関税ショックとドル円相場の行方

【考察】
米中間で再び関税摩擦が再燃したことで、アメリカ経済が輸入増税の影響に耐えられず景気後退に陥るのではないかという懸念が、一部の市場関係者の間で広がり始めています。こうした中で、当面のドルと円の為替相場は、下値への警戒感が根強い展開が続きそうです。特に、今後発表されるアメリカの経済指標の内容次第では、スタグフレーション(景気停滞と物価上昇の同時進行)に対する懸念が高まり、1ドル=145円を下回る水準を試す可能性も否定できません。

とはいえ、私はここからドル安・円高が一方的に進む可能性は低いと見ています。むしろ、向こう半年以内には1ドル=140円台前半で底を打ち、再び150円台へと戻す展開になると予想しています。仮に日本政府が市場介入を控えるのであれば、160円という心理的な節目を試す場面すらあるかもしれません。その背景として、以下の2つの理由が挙げられます。

第一に、米中関税摩擦によるアメリカ経済への悪影響は、今後数カ月で最も深刻な時期を迎えた後、徐々に和らいでいく可能性があります。たとえば、トランプ氏が追加関税の可能性に言及する一方で、ベッセント米財務長官は、多くの関税は「上限に達した」として、今後の交渉によっては引き下げ余地があることを示唆しています。仮に各国との交渉を通じてアメリカに有利な取引がまとまり、関税が引き下げられれば、アメリカ経済への過度な悲観論は後退するでしょう。

また、トランプ氏は大統領就任後、迅速に実行できる関税強化や政府職員の削減を先行して実施してきましたが、今後は歳出削減と輸入課税で得られた財源を使って、企業や個人への減税を進めていくと見られます。選挙戦でも公約に掲げていた「法人税率の引き下げ」や「個人所得税の軽減」、さらに「相続税の引き下げ」といった政策が議論の俎上に載れば、市場心理は改善しやすくなります。

このように、米国景気後退が回避されれば、FRB(連邦準備制度理事会)による利下げも3%台後半で打ち止めになる可能性があります。実質的に金利の高いドルが維持されれば、超低金利の円との金利差を背景に、ドル安の一方的進行は抑制されやすくなるでしょう。

第二に、トランプ政権が日本に課した関税は想像以上に厳しく、日本経済への影響も無視できません。たとえば、日本からアメリカに輸出される鉄鋼やアルミ製品、自動車には25%もの追加関税が課されており、その他の輸出品にも10%の関税がかけられています。これが今後最大24%まで引き上げられる可能性も指摘されているため、日銀が想定していた物価と景気の見通しが変わりつつあります。

この影響を受けて、年明けから春先にかけて一部で高まっていた「日銀の早期利上げ」への期待は、今後いったん後退する可能性があります。実際、海外の投機筋は日銀の利上げに着目してドル売り・円買いのポジションを積み上げてきましたが、3月中旬の段階でシカゴ通貨先物市場におけるドル売り・円買い超過は過去最大の14.9万枚(約1.86兆円)にまで達していました。

もしもアメリカの景気後退懸念が薄れた場合、日銀は今後も利上げを続ける可能性はあるものの、そのペースは緩やかなものにとどまると見られます。現在、日本の政策金利は0.5%まで引き上げられていますが、0.25%刻みでさらに3回以上の利上げが期待されない限り、投機筋による円買いの勢いは鈍化するでしょう。

さらに、金利の高いドルを借りて円買いに充てる取引(いわゆる円ロング・ドルショート)では、金利差による損失が積み上がるため、円高に対する市場の期待が後退すると、そのポジションは一気に解消される傾向があります。4月初旬時点でもシカゴ市場の円買い超過は約13.9万枚(1.7兆円)に達しており、これが解消されるだけでも、ドル円相場は150円台に戻る可能性があります。

なお、日本の貿易収支とデジタル収支が慢性的な赤字であるため、実需としてのドルの需要は高く、円高局面は一時的になりがちです。一方で、円売りが加速する局面では円安が急速に進み、かつ長く続く傾向にあります。

【その他の考慮点】
日本政府としては、アメリカから課された各種関税の引き下げを求める交渉を続ける必要があります。交渉の際には、何らかの「手土産」が求められることが多く、対米投資の拡大やアメリカ産のエネルギー資源・防衛装備品の購入といった提案が議題に挙がる可能性が高いです。これらはドル買い・円売りにつながる資金フローを生むため、為替市場においても一定の影響を及ぼすと考えられます。

【全体的な見通し】
これまで述べてきた要因を踏まえると、私は2025年4〜6月期のうちに、遅くとも7〜8月期にはドル円相場が底を打ち、再び円安基調へと回帰する可能性が高いと見ています。1ドル=140円台前半でドルを買える時期は、短ければ数カ月、長くても半年程度と予想しています。

【用語解説:初心者向け】
・スタグフレーション:景気が悪いのに物価が上がる状態。ふつうは景気が悪くなると物価は下がるが、両方が同時に進むと生活がとても苦しくなる。
・関税:外国からの輸入品にかける税金。高くなると、その商品が国内で売られるときの値段も上がる。
・FRB(連邦準備制度理事会):アメリカの中央銀行。日本でいう日銀のような役割を担う。
・政策金利:中央銀行が決める、銀行間のお金の貸し借りの金利。これが上がると、全体の金利も上がりやすい。
・通貨先物市場:将来の為替レートを予想して売買する市場。投機的な取引が多い。
・ドルロング・円ショート(またはその逆):ドルを買って円を売る、または円を買ってドルを売るという投資行動のこと。
・ネガティブキャリー:投資で得られる利回りよりも、お金を借りるコスト(金利)が高い状態。長く持つと損をする。
・実需:実際にモノやサービスを売買するために必要なお金の動き。投機とは違い、経済活動に基づいた為替取引。

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