トランプ政権が目指すべきは、貿易赤字の解消ではなく、経済成長の方である。

ドル安や債券価格の下落は、トランプ政権の経済政策が思惑通りに進んでいないことを物語っているようです。大統領ご本人も「債券市場はやっかいだ」と発言し、関税措置には猶予期間を設けて、当初は10%の税率に抑えるなどの修正を加えました。

では、なぜ債券市場が「やっかい」なのでしょうか。

トランプ大統領は以前、米連邦準備制度理事会(FRB)に対し利下げを強く求め、パウエル議長に対して辞任を迫るなど、かなりの不満を示していました。自身が導入した関税で経済に悪影響を与えつつ、その対応をFRBの利下げに頼ろうとしているように見受けられます。景気を下支えしたい一方で、長期金利が上がると困るという矛盾を抱えているわけです。

通常、株価が急落すると、投資家は安全資産とされる債券に資金を移し、長期金利は下がる傾向にあります。ところが今回は、債券への資金移動も見られず、ドルそのものが売られるという異例の「トリプル安」の状態にあります。ドルを持っていると今後の価値下落が懸念されるため、投資家たちはドル資産を減らそうとしています。トランプ氏の政策が頻繁に変更され、その不安定さがインフレへの警戒感を高めているため、ドル資産が敬遠されているのです。

債券は本来、安全資産の代表ですが、インフレが進むと価格が下がってしまい、投資先としての魅力が失われます。

また、トランプ政権の関税政策は、スタグフレーション(景気が悪いのに物価が上がる状態)を引き起こす恐れがあると言われています。本来であれば、株価が下がればFRBが利下げを行って経済を支えるという形が取られますが、今回はインフレ懸念のためにFRBも慎重な姿勢を崩せません。こうした「政策の手詰まり感」が、ドル売りにつながっているとも考えられます。

トランプ氏がインフレのリスクを軽視し続けた結果、債券が売られる事態となり、思わぬしっぺ返しを受けている形です。債券市場まで思うように動かせないことが、「やっかいだ」と述べた真意なのではないでしょうか。株価の下落であればある程度静観できても、債券価格の下落は制御が難しく、長期金利の上昇は政権にとって大きな痛手となります。

<ドル安の中身が問題です>

トランプ政権としては、ドル安は貿易赤字の改善に役立つため、むしろ歓迎すべき現象だと考えているようです。トランプ氏は一貫してドル高を好まず、輸出を促進し輸入を抑えるためにドル安を望んできました。

しかし、ドル安には「良いドル安」と「悪いドル安」があります。「良いドル安」とは、FRBの金利引き下げが成長を後押しし、輸出を増やすことで経済全体が活性化していくようなパターンです。国内に余剰生産能力があり、ドル安によってアメリカ製品が海外で割安に見えて、輸入需要が高まるという状況です。

一方で、現在のドル安は「悪いドル安」と言えるものです。FRBが金利を下げれば、むしろインフレが加速し、個人消費が落ち込む恐れがあります。つまり、経済成長を押し上げるドル安ではなく、インフレ懸念によって成長が鈍化するという悪循環に陥っているのです。この背景には、やはりトランプ氏の関税政策があり、輸入品のコストを押し上げ、インフレ圧力を高めていることが原因と考えられます。

政権として本当に目指すべきは、貿易赤字の縮小ではなく、経済全体の成長です。国民の生活が豊かになり、貿易相手国とも健全な関係を築くことが重要です。

現在の「悪いドル安」は、他国にも悪影響を与え始めています。日本にとってはドル安は円高を意味し、輸出企業の採算を悪化させます。トランプ関税によるコスト増に円高が重なれば、日本企業は輸出減少・収益減少という二重の打撃を受けるでしょう。

これはアジア各国にも共通する問題であり、「悪いドル安」は世界経済全体を巻き込んで、景気後退のリスクを広げていると言えます。もしトランプ氏が政策を見直せば、こうした危機も回避できる可能性があります。

<アメリカの実態に合っていない見解>

トランプ氏は、貿易が失業を生み出し、製造業を衰退させていると考えているようですが、実際にはアメリカの製造業がGDPに占める割合は1割程度です。失業率も4%台前半と、ほぼ完全雇用に近い水準にあります。現実の経済状況とはずれた認識のもとで政策が進められている可能性があります。

関税によって輸入品の価格が上昇すれば、損をするのは消費者や非製造業の分野です。たとえ交渉の成果で国内投資や農産物輸出が増えたとしても、その効果は限定的です。

スマートフォンや人工知能(AI)といった分野でも、アメリカ企業は国際分業体制の中で低コスト生産を行っています。関税を高くすることで、むしろアメリカのハイテク産業の成長を阻害する恐れがあります。関税の影響で、アメリカに工場を建てようとする海外企業は減り、むしろ他国との取引に切り替える動きが強まるでしょう。これはドル圏の縮小につながり、ドルに対する需要も減ってしまいます。つまり、ドルの信頼性や価値が低下するリスクも出てきます。

アメリカは毎年大きな貿易赤字を抱える一方で、資本収支の黒字によって資金が流入しています。関税で貿易赤字が減ると、資本収支の黒字も縮小します。結果として、アメリカ国債への投資が減り、世界の金融市場全体にも悪影響が出かねません。

「強いドルは国益」とされてきたのは、資本流入を維持するためにドルが強い方が都合がよいからです。今、現実の経済においてドルの地位が揺らぎ始めており、これはアメリカへの資金の流れそのものを壊す可能性があります。米国債に高い金利を提示しないと投資を呼び込めなくなり、アメリカの経済成長にもブレーキがかかるかもしれません。

貿易赤字の削減を優先し、ドル安を歓迎するトランプ氏の考え方は、結果的にアメリカ経済にとって「自滅の選択肢」となってしまう恐れがあります。

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