2025年7月30日
疑問が残る日米関税合意、安心は時期尚早
【考察】
日本と米国の間でようやく関税に関する合意が成立し、長引いていた不透明な状況が一旦は解消されたことで、市場には一定の安堵感が広がりました。しかし、依然として多くの疑問が残されており、楽観視するには時期尚早だと言えます。
たとえば、トランプ大統領が強調する米国製の自動車やSUV、トラックは、果たして日本市場で本当に売れるのでしょうか。ボーイング製の航空機100機の購入先はどこなのか。そして、日本政府が出資を予定している総額5500億ドルの基金は、その運用方法や利益分配の仕組みがいまだ不透明なままです。
このような疑問が重要なのは、日米両国の認識にズレがあるだけでなく、今後、同様の合意を目指す韓国など他の同盟国にとっても参考となるからです。
米国車に関する合意内容について、ホワイトハウスは「日本市場への参入障壁が取り除かれる」と説明していますが、実際のところ日本は以前から米国車の輸入を制限していたわけではありません。問題は、日本の消費者の嗜好に米国車が合っていないことと、都市部の道路環境に適していない大型車が多いことにあります。日本の市町村道の平均幅は約3.7メートルであり、幅2.4メートルもある大型ピックアップトラックは走行に向きません。
実際、日本市場ではコンパクトな軽自動車やミニバンが主流です。さらに、新車販売台数は1990年代のピークから約20%も減少し、若者の車離れや高齢者による免許返納の増加など、構造的な需要の縮小が進んでいます。
【その他の考慮点】
特に注目すべきは、5500億ドル規模の投資基金の実態です。米国の財務長官はこの基金を「革新的な資金調達スキーム」と述べましたが、詳細については日米間で見解が分かれています。報道によれば、そもそもの発端はソフトバンクの孫正義氏が日米共同の政府系ファンドを提案したことにあります。
ホワイトハウスは、同基金を「米国の産業基盤を強化するための投資」としていますが、日本の石破首相は、国際協力銀行(JBIC)が主導し、日本貿易保険(NEXI)による保証を付けた「出資・融資・保証」の組み合わせであり、どちらかというとODA(政府開発援助)に近い仕組みだと説明しています。
さらに問題なのは、基金の中身や出資比率に関して不透明な点が多いことです。たとえば、ソフトバンクが米国のAIインフラに1000億ドルを投じる計画が基金に含まれるのかも明らかではありません。交渉過程で使われた資料には、日本側が提案した4000億ドルの案に「5000億ドル」と手書きで修正されていた痕跡もあります。
今後、この基金を実際の政策として運用していく段階では、石破首相が急いで合意を取りまとめたことが裏目に出る可能性も否定できません。加えて、自民党が参議院選挙で大敗したことを受け、石破氏が今後も首相として交渉の主導権を握れるかどうかも不透明です。
【全体的な見通し】
合意には合理的な要素も見られます。たとえば、ボーイングの航空機100機は国内の航空会社によって使用されると予想されていますし、日本がアラスカの液化天然ガス開発計画に参加するのはエネルギー安全保障の観点からも自然な流れでしょう。また、日本の防衛費の増額と、それに伴う米国からの軍備調達も整合性のある動きです。
とはいえ、米国側は今後、合意の実施状況を四半期ごとに評価し、日本に対して継続的に圧力をかけていく方針を示しています。このような状況では、市場が完全に安心するにはまだ時間がかかると見られます。
【用語解説:初心者向け】
・関税:外国から輸入する商品にかけられる税金のこと。国内産業を守るために使われる。
・SUV(スポーツ多目的車):大きめの車体でアウトドアや家族向けに使われる車。
・ピックアップトラック:荷物を積むスペースがある大型車。アメリカでは人気だが、日本の狭い道路では不向き。
・JBIC(国際協力銀行):日本政府が出資する金融機関で、海外との経済協力を目的とした融資などを行う。
・NEXI(日本貿易保険):海外取引に関わるリスクを保証する政府機関。
・ODA(政府開発援助):日本など先進国が、開発途上国の支援を目的に行う資金や技術の提供。
・LNG(液化天然ガス):天然ガスを冷却して液体にしたもの。体積が小さくなり輸送しやすくなる。
・インフラ整備:道路や電力、通信など、生活や経済活動に必要な基盤を作ること。

