<トランプ政権の政策がもたらすドル不信と、その先に考えられるシナリオ>
4月初めに発表された高い相互関税率の影響で、アメリカの株価が大きく下落しました。ただ、トランプ大統領はその直後に90日間の猶予期間を設け、関税率を当面の間、基本税率である10%に据え置くという修正案を示しました。この初動の株安は、高関税によって物価上昇(インフレ)が起き、米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに踏み切れず、様子を見るしかなくなるという懸念から生じたものでした。
では、7月上旬までに相互関税の方針が決まった場合、FRBは利下げに動くのでしょうか。もしFRBが様子見を続け、その間に雇用や消費の指標が悪化してくれば、再び株価は下落する可能性があります。また、7月に向けて関税がさらに引き上げられるような決定がなされた場合、景気悪化とインフレ圧力が重なり、FRBが利下げを見送る展開も想定されます。
一方で、主要各国に対して10%程度の相互関税で合意に至れば、経済の不透明感が薄れると見たFRBは利下げを実施するかもしれません。この場合、アメリカの株価はさらに上昇する可能性があります。私としては、ベセント財務長官はこのような展開、つまり各国に10%前後の関税を課すことで株価の反発を狙っているのではないかと考えています。
加えて、株価を押し上げるもう一つの材料が、トランプ政権による減税の延長や拡充です。おそらくトランプ氏は、関税収入を原資として減税政策を打ち出すつもりなのでしょう。仮に相互関税が一定程度残るとしても、減税の影響で株価が上昇する可能性は十分にあります。このような展開になれば、たとえ利下げが限定的であっても、減税の恩恵によって夏以降の株価は底堅く推移するシナリオが想定されます。
<アメリカの長期金利は高止まりへ>
関税の引き上げ幅が大きくても小さくても、インフレ圧力は避けられないでしょう。関税が小幅にとどまれば、景気の落ち込みを回避でき、FRBの利下げも効果を持つかもしれませんが、その場合でもインフレの圧力は徐々に高まっていくと見られます。そのため、長期金利は大きくは下がらず、高止まりする可能性があります。
さらに、トランプ政権が大規模な減税を実施すれば、財政悪化への懸念が強まります。5月16日にムーディーズが米国債の格付けを引き下げたのも、財政の拡張路線に対する警戒感が背景にあります。こうした状況から考えると、今後も長期金利が下がりにくい環境が続くと予想されます。
<ドルの先行きは不透明>
現在のところ、アメリカの長期金利が高止まりしていても、ドル/円の為替レートは金利に見合ったほどにはドル高になっていないようです。インフレが潜在的に進行している環境では、実質的な金利(インフレ調整後の金利)は低くなりやすいため、長期金利の上昇がそのままドル高に結びつかない状況が見られます。今は、いわば「好ましくない形での金利上昇」と言えるでしょう。
また、トランプ政権の財政運営に対する不信感が根強く、長期金利が上昇してもアメリカの国債を積極的に買おうという流れにはなっていないようです。つまり、ドルには構造的な売り圧力がかかっているということになります。
ユーロと円を比べると、今のところより選好されているのはユーロのようです。これは、円には円安要因が根強く残っているからだと考えられます。結果的に、ドルと円の間ではどちらも弱さを抱えており、為替はやや円高方向へとじわじわと動いているように見えます。
<アメリカの力の低下と円高の流れ>
最後に、今後の為替の流れについて考えてみたいと思います。トランプ氏自身はドル安を望んでいるようですが、私は、意図しない形でその流れが現実になると考えています。それは、アメリカが「偉大な国」であるからではなく、むしろインフレによって実体経済が弱まり、住宅投資や不動産投資も長期金利の上昇によって冷え込んでいくため、その結果としてドルの価値が下がっていくという見方です。こうした展開は、アメリカへの投資の魅力を低下させ、ドルへの需要も落ち込ませることになるでしょう。
仮にトランプ減税が拡充されても、その効果でアメリカ経済そのものが強くなるとは限りません。むしろ、経済が十分に回復しなければ、財政への懸念が高まり、投資家の間で不安が強まる可能性があります。関税政策は、アメリカの政治リスクを際立たせ、各国の投資家に「ドルの保有は安全なのか」との疑念を抱かせることにもつながるでしょう。
今回の混乱によって、中国をはじめとするアジア諸国も、外貨準備に占めるドルの比率を見直す必要があると感じ始めているかもしれません。トランプ氏が問題視している貿易赤字に対して、他国はむしろ金融収支、すなわちアメリカに資金を再投資すること自体にリスクを感じ始めているように思えます。つまり、ドルが国際決済通貨としての信頼性を保てるのかどうかが、問われ始めているのです。
現時点では、私たちはまだこの変化の只中にあり、ドル体制にどのような構造的変化が生じているのかを完全に把握できていない状況です。私の見立てでは、トランプ氏の政策がアメリカ経済の基盤を徐々に損ない、ドルの価値をも低下させているのではないかと考えています。円も決して強い通貨とは言えませんが、今後はじわじわとドル安・円高の方向に進んでいく可能性が高いのではないでしょうか。

