「有事のドル買い」と言われる現象についてですが、6月に中東情勢が緊迫した際、一時的にドル円相場が上昇する場面がありました。ただその一方で、ドルの総合的な強さを示すドル・インデックスは下落傾向にあり、ドルを安定的に支える力が弱くなってきている印象です。
今月のアメリカの中央銀行(FRB)が開く金融政策会合(FOMC)では、追加の利下げがあるのではという見方が広がっており、その影響でドル安の流れが強まっています。ドル円もじわじわと値を下げ、直近では一時142円台まで下落しました。昨年までは、ドルが下がると「そろそろ安い」ということで買い戻されていたのですが、今年に入ってからはそのような動きが鈍く、ゆるやかな下落が続いているように見受けられます。
つい最近までは、「有事の買い」でドルが買われやすい傾向が目立っていました。たとえば、6月13日にイスラエルがイラン本土を攻撃した後は、ドル円が142円台からじりじりと上昇しました。しかし、トランプ大統領がイランの核施設に対する攻撃を2週間猶予すると発言したことで、いったんはドル買いの勢いが弱まりました。ただ、その直後に実際に攻撃が行われると、再びドル買いが強まって一時148円台まで上昇しました。
このような地政学リスクによる動きの一方で、FRBの関係者から7月の利下げを容認するような発言が相次ぐと、今度はドル売りに転じました。さらに、発表された6月の雇用統計では、失業率の低下や雇用者数の増加など良い内容が見られたにもかかわらず、ドルの買い戻しは鈍く、相場は145円を下回る水準に押し戻されました。
最近のドル安は、単に金利政策だけで説明できるものではありません。トランプ氏がFRBのパウエル議長を「無能」と非難し、早期に辞任させて自分の方針に沿う人物を据えるつもりだとされています。このような動きにより、中央銀行の独立性が揺らぐとの懸念が広がり、ドルの信頼性そのものが下がっているようです。政治が金融政策に過度に関与するようになると、これまでドルの価値を支えてきた「制度の安定性」が疑問視されるようになります。
実際にドル・インデックスを見てみると、今年はトランプ政権が発足した時期と重なるように下落し始め、いまは2022年以来の安値圏で推移しています。ユーロや円など他の通貨に資金が流れていることが、相対的にドルの弱さを際立たせています。欧州中央銀行(ECB)は、急激な利下げを避けつつも柔軟な姿勢を続けており、日本銀行(日銀)も少しずつ金融政策を正常化する方向に動いています。こうした各国の動きも、ドル売りを後押ししている背景と言えます。
ちなみに、来年の今ごろはアメリカ建国250周年という節目で、お祝いムードが高まっているはずです。でも、「アメリカを再び偉大な国に」というスローガンを掲げているわりには、今のドル安の状況は少しちぐはぐな印象もあります。
【用語解説【初心者向け】】
- 有事のドル買い:戦争や紛争など「有事」が起きると、安全資産とされるドルに資金が集まりやすい現象のことです。
- ドル・インデックス:ドルの強さを、他の主要通貨と比較して数値化したものです。数値が高いとドルが強い、低いと弱いことを意味します。
- FRB(米連邦準備制度理事会):アメリカの中央銀行で、金融政策を決定します。
- FOMC(連邦公開市場委員会):FRBが開く政策会合で、金利の変更などが話し合われます。
- 利下げ:中央銀行が金利を引き下げること。景気刺激を目的として行われることが多いです。
- 雇用統計:アメリカの労働市場の状況を示すデータで、為替や株価に大きな影響を与える重要な指標です。
- 中央銀行の独立性:政治の影響を受けず、専門的な判断で金融政策を決定できる仕組みです。通貨の信頼を守るうえで重要とされています。

