「デカップリング(切り離し)」は、もはや単なる政治的な掛け声ではなくなっています。過去10年にわたり、アメリカ歴代政権は中国をパートナーとして捉え、敵対的な表現を避けてきましたが、そうした楽観的な見方はほとんど消えつつあります。現在のトランプ大統領は、中国製品のアメリカ輸入に対して広範で厳しい関税を課しており、これまでの「重点分野のみを守る」という「スモールヤード・ハイフェンス」政策は撤回されています。この新たな方針では、戦略的に重要なハイテク分野に制限を設けつつ、それ以外の領域では協力の可能性を探ってきました。
中国の習近平国家主席は、「明確な目的のないアメリカとの交渉に応じる必要はない」として、貿易戦争について「最後まで戦い抜く」との姿勢を表明しています。この発言は、これまで緩やかに進んでいた米中経済の分離が、今後さらに加速することを意味しています。ロイターのBreakingviewsが貿易、金融、企業活動、教育、地政学の各分野における米中の関係性を調査したところ、関係悪化が単なる言葉の問題ではないことを示す多くの証拠が集まりました。
<貿易における変化>
まず、これまで米中関係の柱であった物品貿易に注目します。トランプ大統領が2018年に始めた第1次貿易戦争では、中国製造業への依存から脱却することはできませんでしたが、今月発動された新たな関税により、中国製品に対する税率は最低でも145%に達しました。これは、昨年5820億ドルに上った米中間の貿易の大半が崩壊する可能性をはらんでいます。なお、一部の電子機器—たとえばスマートフォンやパソコンなど—は対象から除外されていますが、米国政府は中国の供給網への依存が安全保障上どのようなリスクをもたらすかを調査中です。この動きは、今後分野ごとの追加関税が課される可能性を示唆しています。
<金融・投資分野の分離>
金融面でも、米中の分離は進んでいます。2023年における中国へのアメリカの直接投資総額(ストック)は1270億ドルと高水準にありますが、年間の投資フローは減少傾向にあります。一方で、同年における中国からアメリカへの直接投資のストックは440億ドルで、2019年以降16%の減少となりました。特に2020年以降は中国からの年間フローがマイナスに転じており、中国の投資家がアメリカの事業から資金を引き揚げている様子が見て取れます。
国際決済銀行(BIS)のデータによれば、2023年9月時点でアメリカの銀行が中国向けに保有する債権は1500億ドル弱で、これは過去最高水準です。表面的には金融業界が中国から撤退しているとは言えませんが、ウォール街の金融大手の幹部らはBreakingviewsに対して、現在の対中投資は「いつでも資金を引き上げられるよう備えている」と語っており、柔軟な撤退体制が整っていることを示唆しています。
また、外交問題評議会のブラッド・セスター上席研究員によれば、中国が保有する米国債は1兆1000億ドルに上ると推計されています。これは米中金融関係の中でも、最も解消が困難な課題となりそうです。中国政府にとってドルの保有は人民元の為替管理に役立ちますが、仮に米国債を売却する場合、代わりに購入すべき資産が明確でないという問題もあります。加えて、売却益で人民元建て資産を購入すると、人民元の価値が上昇し、中国経済が抱える債務デフレ問題に悪影響を与える懸念もあります。
<企業活動の動き>
中国企業はもともとアメリカで強固な基盤を築いてきたわけではありませんが、ロジウム・グループのデータでは、中国企業の米国資産は頭打ちとなっています。今後、トランプ政権が動画投稿アプリ「TikTok」の米国事業売却を中国の親会社に受け入れさせることに成功すれば、この傾向はさらに強まる可能性があります。また、ベッセント財務長官は中国企業の米国市場からの上場廃止も辞さない姿勢を示しており、2024年3月時点でアメリカに上場している中国企業は286社、時価総額は約1兆1000億ドルとなっています。
一方でアメリカ企業にとって中国市場は依然として重要ではあるものの、依存度は減少しています。たとえばスターバックスは、中国国内の店舗数が前年より26%増えたにもかかわらず、中国が全体収益に占める割合は8.3%と、1ポイント減少しています。アップルやテスラも中国で売上の約20%を上げていますが、こちらも過去に比べて依存がやや薄まっています。
<学生交流の変化>
米中の人の往来、特に学生交流はあまり注目されにくい分野ですが、両国の関係性を占う上で非常に重要です。米国教育省の関連機関によれば、2022〜2023年に中国で単位取得のために学んでいたアメリカ人学生はわずか469人と、過去20年で最低レベルに近づいています。これは今後、アメリカ国内における中国理解の深化が困難になることを示しています。
一方、中国人学生にとってアメリカの大学は今なお魅力的ではありますが、現在ではアメリカの大学に在籍する外国人学生のうち、インド人が最も多く、中国人はそれに次ぐ存在となっています。
<台湾をめぐる緊張>
米中関係は、台湾問題によって大きく影響を受けることがあります。アメリカの「一つの中国政策」は、中国が台湾に主権を持つという立場を「認識する」という形を取っていますが、もし中国が台湾に対して軍事行動を起こせば、アメリカは経済制裁に踏み切るか、さらには軍事力の行使を検討する可能性もあります。
ゴールドマン・サックスが公表している「中台リスク指数」は、今月2日にトランプ大統領が新たな「相互関税」案を発表して以降、上昇傾向にあります。背景には、貿易戦争が金融戦争へ、そして最終的に台湾を巡る軍事衝突にまで発展する可能性があるとの懸念が広がっていることがあります。ただし、現時点では台湾株式市場における値動きからは、切迫した危機感はまだ見られません。
<総括>
アメリカが貿易赤字の解消や安全保障への懸念から、中国とのサプライチェーンを精査し始めたことで、これまで緩やかだった米中関係の悪化は一気に進む可能性があります。実際のデータを見ても、企業や金融機関、さらには学生までもが、それぞれの立場でデカップリングを後押しする行動を取り始めています。そう考えると、トランプ大統領による第2次対中貿易戦争は、すでにその幕が開けていると言えるでしょう。

